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『金閣寺』 その2

 三島の自決前の言葉である・・・「このまま行ったら日本はなくなって・・・・・・その代わりに無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富俗な、抜け目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るであろう。それでもいいと思っている人達と、私は口をきく気にもなれなくなっているのである」・・・この言葉の末尾には、私は同意しない。しかし、この予言は少なくともある時期までは成り立っていた(今でもそうかも知れない)。現在の私はこの言葉に、氏の文化の堕落への危惧と諦念を感じるのみである。

 では、三島にとって「金閣寺」とは何物であったのだろうか。少なくとも私は、氏の人生の縮図のようなものであると考える。つまりは、三島自身が「金閣」であったと・・・。多数の氏の小説を読めば読むほどに、この印象は確信に変わる。氏が愛した肉体美の極致は切腹の作法に終わる。三島はナルシストであると同時に(氏の展覧会参照)、極度にその美意識へのけじめを己に要求した作家でもあった。仮に、戦後の三島が金閣ならば、氏が夢見た戦前の夭折作家とはかけ離れており、戦後の自分への、ある意味での自虐行為は本望でもあったであろう。

 三島の戦前と、生き延びてしまった戦後のギャップ。それは己の理想像への憧憬と、本人自身(もしくは日本そのもの)が、あまりにかけ離れてしまったという点で、金閣と坊主の関係と同じく、自身を消し去ることによってしか解決されなかったものと考える。

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