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台湾紀行(その6)

 ボケっとしててもしようがないので、まず、母娘がどうするかを聞いた。なにやら、知り合いの車がくるらしい。バスのチケットもとれそうにない中、私は母娘に賭けてみた。すると、急ブレーキで止まる車がいる。母娘は乗った。私の立場は微妙である。(西の玄関口の)嘉義に行きたいというと、鉄道より安い料金を請求してきた。白タクかと思ったら、そうでもないらしい。要求される金額を払うと、すぐに出発した。山道も混んでいた。強引なA.M 3:00 のモーニングコールのせいか、私は寝た。助手席で。視界は悪し。

 突然の急ブレーキに目を覚ますと、目前に岩石が落ちていた。それでも、うとうと・・・次に目覚めたのは街中だった。なんでも、この親子連れを何としても今日中に送らねばならないらしい。とりわけ私は荷物の一端というところか。気がついたら、信号無視やら割り込みやら大変だった。ほとんど寝ていたので記憶にはないが・・・。

 嘉義に付いたら、台南へ向かおうと切符を買った。特急だった。確かに乗車した・・・が、気がつくと台南の駅で扉が閉まったところ。次は高雄(カオシュン・台湾第二の街)なので従うことにした。30分位後であろうか、駅に降り立ったのは・・・。私はここで二泊することになるのだが、駅の人は、台南に帰るならそれでいいという態度。日本ではあり得ないとびっくりした。降りる旨を伝えると、乗り越し運賃を取られた。そこでもやはり、日本語達者な、駅前のじいさんに宿の勧誘をされた。私はガイドブックを示して、もっと安いところがあると言うと、値下げした。そこは値段の割に高級で、驚いた。

 高雄(カオシュン)は港町でもある。そんな中、久しぶりに日本の家族に電話したら、「中田英寿選手が引退した」とのこと。驚きを隠せなかった。いろんな憶測が脳裏をよぎったが、彼が決めたこと。私がどうこう言う話ではない。高雄の街中で、日本で修行した人が店を開いていた。夜に訪れると、モンゴルの(きつい)牛乳酒をプレゼントされた。別の日に、高雄の海岸に行ってみたいと言うと、バス乗り場のおばさんが、大学生に案内してくれるように頼んでくれた。私が中田選手の引退をほのめかすと、彼は私の手帳に「中田」と書いてくれた。理系の大学に進んでいるという彼に、どんなことをやっているんだと聞いた。彼は回路の設計を論文のテーマにしたいと語ってくれた。・・・回路設計ならテストで解いたことがあるので、ひねくれたSinカーブなどを書いてみた。彼は、驚き、いつ習ったんだと聞いてきたが、大学か高校の頃かなあと、とぼけた。

 彼の通う大学は中山大学(中国名知らない)というところで、立派なキャンパスだった。彼の学生証でビーチにもタダで入れたが、そこでビールを飲んでるようじゃ仕方がない。丘の上に登ったり、暮れゆく夕日の中、過ぎ去る船の汽笛を聞いたりで、まもなく街は黄昏時を迎え、私も路線バスでホテルに帰った。

(つづく)

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