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問題は二つあったからだ

 久間防衛相がいわゆる原爆発言で引責辞任したが、何に対して引責したのかに疑問が残る。会見で「今度の選挙で私が足を引っ張ることになっては申し訳ないという気持ちになり、私自身が身を引く決意をした」とあるが、これでは単に党利党益のために、党に対して引責したことになる。また、「あくまで(原爆投下を)是認していないと言っているが、『しょうがない』という言葉をああいう場面で使っちゃいけない」とも語り、本音は発言に関して、どのように考えているのかが見えない。これでは被爆者や被爆地の方々が怒るのも無理はない。もし、『しょうがない』というコメントに「あれで本土決戦が避けられ、戦争終結に向かったのだ」という論理が隠れているならば、実際に陸上戦を行い、多くの犠牲者を出した沖縄の方々には、どう説明するのか。現在でも米軍基地の多くを抱え、本土の犠牲になっているという、沖縄の方々のやるせない気持ちまで考えが及んでいるのか。

 原爆については、幼い頃、友人に「はだしのゲン」という漫画を借りて読んだ記憶がある。その生々しい描写に、しばらくは、ろくに物が喉を通らなかった。現在でも、その地獄絵図を思い出すことが出来るくらいに強烈なインパクトだった。実際に幼い頃、広島原爆によって地面に人の影が焼き付いた話を耳にしたし、原爆ドームにある、有名な峠三吉の「ちちをかえせ・・・」や、被爆した人の話にも耳を傾けた。なんでも、広島では原爆のことを「ピカドン」と呼んでいて、「ピカッと光って、次にドーンという衝撃がやってきた」というのが語源らしい。何より私の母方の故・曾祖父は、原爆を落とされて、まもなく救助に向かったため、「原爆(被爆?)手帳」を持っていた。数年前、長崎にも行ったが、強烈な破壊の痕跡は至る所に残っていた。

 戦前、核分裂が確認された後、ある物理学者が「原子爆弾なんて、一つの国で総掛かりで取り組まなきゃ出来ない」と語っていたらしいが、実際にアメリカがロスアラモスを中心に莫大な金と労力をつぎ込み、現実の物とした。あまり知られてはいないが、日本でも小規模ながら、原爆作成プロジェクトは進んでいた。実現しなかっただけで、もし実現していれば、窮地の日本軍は当然使用したであろう。戦争の恐ろしさだ。

 よく交わされる意見だが、「戦争を終わらせるという名目ならば、何故、長崎にまで落とさなければならなかったのか?」という事を聞く。それに対し、「アメリカの、日本に対しての、原爆は何発でも用意できるという意思表示だった」と何かの本で読んだが、戦争末期の日本の国力を考えると疑問符が付く。これに対し、私が最も妥当だと思われた見解は、「原爆には二種類ある。ウランが原料の物とプルトニウムが原料の物。つまり、問題は二つあったからだ」という(確かアメリカの)どこかの大学教授か専門家が発していた意見だ。伴う根拠は、核によって、戦後の世界に於いての主導権を握ろうとしたことが見え隠れする。核分裂のエネルギーで核融合を起こさせるという水爆の開発まで手がけたことは、意地でも最先端の兵器を所有し、核による影響力を維持し、利用してきたことを裏付ける。

 原爆の父・オッペンハイマーに限らず、多くの物理学者が戦後、核廃絶の運動の中心となった。日本でも「核廃絶を目標に」というスローガンを、よく見聞きするが、そうであってほしいとは思いながらも、それが理想論に過ぎないことは、現在の国際情勢をみれば一目瞭然だ。第三の広島・長崎が生まれないよう、願っている。

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