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台湾紀行(その8)

 気が付くと、一瞬、自分がどこにいるのか判らなかった。我に返り、『ああ、俺は今、台湾を旅しているんだな』と確認しながら起き上がり、窓の外を見る。早朝なので、枯れた噴水は石のモニュメントみたいに見える。久々によく眠った。冷蔵庫から水を取り出し、バナナを食べる(私は、一人旅の時の朝食は大体バナナである。便利で安くて栄養があるからだ)。食べながら、夕べ干したTシャツ類の乾き具合を見る・・・今ひとつか、と、今晩も同じ部屋に泊まるので放っておく。別の着替えを用意し、適当に身支度を調えると、集合場所に向かった。宿のばあさんに挨拶すると、まもなく日本人で学生の男と、OLの女がやって来た・・・面倒なので、お互いに名前などは聞かない。女性は初対面だったので、軽く挨拶を交わした。やはり太呂閣(タロコ)へ行くという。大型のバスがやって来たので我々は乗り込んだ。

 出発して程なく、私よりも年上だろう、女性のバスガイドが挨拶をし、予定を話し始めた。驚いたことに、中国語、英語、日本語の三種類を、順番に早口で喋るのだ。バスの中にはカナダから来たというカップルもいた。乗車率は2~3割くらいか。まず、太呂閣(タロコ)が出来た所以から、説明は始まった。遙か昔に海底の珊瑚の層が隆起して出来た物で、そこを、やはり長い年月をかけて河が浸食して出来た深い谷であるとのこと。道中、何カ所かの見所で止まる予定。花蓮(ファーレン)駅より約15km位北に行き、今度は西へ向かう。

 まず最初の停車地は、太呂閣(タロコ)入り口の平野にある、山から切り出した石の加工場だった。一畳位の大きさの板が何枚もあり、表札などに加工したりするらしい。しかしながら、最近は景気が余りよろしくないらしく、相場も安めとのこと。石と言っても色々な種類があるらしいが、掘っても掘っても無くならないのではないかというぐらい、遠望する山の峰々は高かった。再びバスに乗ってまもなく、ガイドさんが、「こんな天候は初めてです」というくらいに遠くの峰が霞み出してきていた。台風が近づいてきているらしいことは聞いていたが、太陽は出ていたのでそのまま進む。

 段々と道が細くなり、河が現れる頃には、車がすれ違うのも大変なくらいの道幅で、見上げる両側は断崖絶壁になっていた。普通に河に削られる谷をV字谷、氷河で削られる谷(フィヨルド)がU字谷とするならば、硬い珊瑚の岩盤を細い河が削った太呂閣(タロコ)の谷は、超U字谷、もしくは、さながら試験管の底にいるといった感じであろうか。河を流れる水も、灰色掛かっている。来てみて初めて心を揺さぶられたが、その圧巻たる展望は、かつて日本の四国で訪れた、祖谷渓の迫力ある濁流よりも、感慨深いものがあった。こういう時、私は遠藤周作の『深い河』をぼんやりと思い出す。何かしんみりした気持ちの中で、バスが停車する。

 しばらくの休憩の間、日陰の橋の欄干に、組んだ両腕を乗せ、過ぎし日のことか何かを、運命の不条理か何かを考えながら、河の流れを、ただ、ジッと見つめていた。すると、背後から声がした。「ここの眺めはいかがですか?」・・・さっきのバスガイドだ。「いいですね。懐かしくなりますよ」・・・「何故ですか?」・・・それ以上、心の奥まで触れられたくなかった私は、背伸びをして、後は適当にしてしまうつもりだった。そのガイドの人は性格なのか、なんでもダイレクトに聞いてくる。年齢、家族、仕事、など。バスに向かいながら応える私。すると、「家族に結婚しろといわれませんか?」と聞いてきた。一瞬で『この人も孤独なのだろうな』と感じた私は、「別に言われませんよ」と笑って答え、「気楽にいきましょうよ、お互いに」と言って、バスの中程の椅子に座った。

(つづく)

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