« ほったいもいじくるな | トップページ | 情報の伝言ゲーム »

おみくじ

 退屈なアルバイトなどで、それを少しでも忘れられるように、自分で独自にルールを作っていくらかでも紛らわす工夫などは、誰しもがやるのではないか。他にも、待ち合わせなどで時間を持てあますときなども、工夫によっては有益な時間となる。

 まず、アルバイトに関して言えば、自分が最初にやった、宅配便の仕分けのバイトはライン作業で最初はあまり面白いとは言えなかった。しかし、やってくる荷物の形状が異なることと、それを入れる金属の大きなカゴが一定の大きさということで、三次元テトリスと考えるようになったから、少しは面白みを帯びた。カゴの中にいかに素早く、効率よく、隙間なく詰められるかの勝負である。この時に掴んだコツは、その後の部屋の大掃除のヒントにもなった。・・・また、大分前に神社のおみくじ売り場でアルバイトをした友人によると、おみくじを引く人が、何を引くか予想していたそうである。これも一種の工夫による人間観察なのだが、時間が経つほどに当たる確率が高くなったとのことである。そうして、あるとき、『これは凶だな』というおばちゃんに、おみくじの紙を渡そうとしたところ、あろうことか、正月だから入れてはいない筈の「大凶」が出て来たとのこと。その話を聞いた私は、不遜ながらも笑ってしまった。

 一方、待ち合わせの場合、当初、私はクソ真面目に待っていた。イライラすることもままあった。これを何とかしようと、一人で待っている時に限って、立ちながら本を読む癖をつけた。単行本は重いので、大抵は文庫本だが、普段から最低二冊はジャンルの異なる本を持ち歩いているので、気分によって好きな方を選ぶ様にしている。しかし、これも考え物で、ある時、友人と待ち合わせていたら、余りにも遅いので、周辺を伺ったら、なんと友人まで読書に夢中になっていて、お互いに気付かなかったということもあった。その後、しばらくしてから、おみくじの話を思い出し、私はもっと面白い待ち方をするようになった。駅の改札前などで待つ場合、改札から出てくる人を、その表情、仕草、服装、雰囲気などで、どんな人なのかを一瞬で判断するという習慣を付ける様になったのである。もちろん他人であるから確かめる術はないのだが、直観を磨く訓練として、この自分勝手な人間観察を、普段、外をぶらつく時でもやる習慣がついた。もちろん迷惑がかからない程度に。やってみると実はこれは結構面白い。私の場合、人を観る場合、雰囲気を重視する傾向なのだが、何かの事情である人と話すことがあると、大方、どんな人なのかは解るし、大体、読み通りであることが多い。そうしているうちに、観察対象は人間に留まらず、自然物や人工物にまで向くようになった。すると、不思議なことに、あらゆるものに愛着が出てくるのである。・・・しかしながら、結局、一番、何にも解ってないのは自分自身に関してなのではないか?という疑問にぶち当たる。自分と向き合うというのは経験上、結構辛いものであるが、それが一番大切なのだろう。

 いつか私は、「失敗して初めて学ぶ、人間なんてそんなもんだ・・・だから大切なのは情熱を失わないこと」と言ったことがあるが、最近は、「失敗して、悔い改め、修正すること」の本当の意味での難しさに呻吟している。

|

« ほったいもいじくるな | トップページ | 情報の伝言ゲーム »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/54005982

この記事へのトラックバック一覧です: おみくじ:

« ほったいもいじくるな | トップページ | 情報の伝言ゲーム »