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コミュニケーション

 小説などを読む場合、読み手に一番必要とされるのは想像力ではなかろうか?情景描写の場合はそれまでの人生で見て来たものから、心理描写の場合は同様に経験し、感じてきたことから、それぞれ大まかに類推するのではなかろうか。人間はそれまでの人生の経験の中で、見たり聞いたり考えたりと五感を通じて入ってきたものしか想像できないものだ。こればかりは十人十色で、多少の共感作用はあっても、それぞれがオリジナルなものといえる。 逆に小説などの書き手も、多かれ少なかれテクニックやスキルによる違いはあるのだろうが(これが作家の能力としての重要なパーツの一つであることは当然ながら)、読者に伝えたいことをその通りに伝えることは不可能である。つまり、読み手に委ねられる仕組みになっている。これは、文章に限らず、音楽や絵画や写真や芸などでもそうだろう。伝える(伝わる)という意味に於いては。ただ、それぞれを組み合わせることにより意図がはっきりしてくる。しかし、一方で、逆に、シンプルな方が自分でいくらでも解釈できるところに味があって面白い部分があるというのも事実だ。

 ところで、例えば、人と人のコミュニケーションについて考えた場合、意思疎通が一番スムースなのは、実際に会うことだ。言葉以外にも、相手の表情や仕草、雰囲気などからもニュアンスが伝わってくる。次にスムースなのは電話であろうか。ここでは言葉と声音で伝わってくる。最後に手紙やメールなどであろう。これは文章(その他)だから、上に書いた想像力のみだ。しかし、それぞれにメリットとデメリットがあるのも面白い。例えば、メールは記録として後に残るが、伝達速度にギャップがあったり、伝えられる情報量が少ない。

 また、ネットで本を買ったりするのは便利だが、新刊の総合的なチェックが出来なかったり、立ち読みすることが出来ないのが弱点だ。本に限らず何でも、便利だが、リアルさに欠ける。これでは、本当にいいものが減少する危惧は否めない。骨董でも何でも、五感に訴えかけられなければ、その良さは解らない。

 結局、コミュニケーションに関して言えば、究極の意味で分かり合うのは難しいということである。しかし、「以心伝心」「阿吽の呼吸」などの言葉が示す通りに、時間軸が加われば、人どうしの相互理解が深まってゆくことは嬉しいことだ。もちろん、相性や感性などが先立つであろうが・・・。直観力や愛情、それに伴う研鑽があれば、万物との間でさえ絆が見えてくると自分は観ている。

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