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2007年6月

祝・永世名人誕生(将棋)

 昨日、将棋の名人戦で森内俊之名人が郷田正隆九段を破り、晴れて十八世名人の称号を手にした。永世名人とは名人位に通算五期、在位した者にのみ与えられる称号である。前回の谷川浩司十七世名人が誕生してから十年ぶりのこととなる。

 羽生世代の中でも、特に羽生、佐藤、森内は若い頃から三羽ガラスとよばれ、その才能を周囲から嘱目されていたと聞く(何かの本には、この三人は車に例えるならばF1マシンみたいなものだ、と書いてあった)。ある先輩棋士が若い頃の三人を呼んで研究会を行ったのは有名な話だ。その棋士は三人全員がまだプロになっていない頃から目を付けていたというのだから、よっぽど才能に満ちあふれていたのであろう。佐藤は名人在位二期、羽生は四期で永世名人にリーチをかけている。私は十八世名人はたぶん羽生だろうと思っていたし、同じように考えていた方も多いのではないか。これは森内には失礼な話であるが、それだけ他の二人に比べて、遅咲きだった。森内にとって、初のタイトルは羽生が七冠を達成してから約五年後の名人位。名人に成る実力が有れば、当然他のタイトルを取っていてもおかしくはなかったので、これも私の中では驚きだった。かつて、羽生、佐藤が先行する中、なかなか結果が出なかった森内は自身にもどかしさを感じると同時に、大きな屈辱感があっただろう事は容易に想像がつく。それだけに今回の快挙は感慨深いものがあるであろう。

 かつて、「羽生マジック」という言葉がよく聞かれた。相手棋士の読み筋に無い手を差し、数手後にその手が伏線となって絶大な効果をもたらすことから、そう呼ばれていた。しかし、最近ではこの言葉をあまり耳にしない。恐らく、それだけ他の棋士が研究を重ねたことによるのではないか。聞くに、最近の棋士は昔の棋士ほど遊ばず、最新の研究に余念がないとのこと。囲碁の藤沢秀行のような豪傑たる生き様が、現代では通用しないのならば、少しばかり寂しい気分にもなる。盤上だけではなく、やることなすこと全てが輝きを放つ様な圧倒的な存在感、魅力に満ちあふれた個性、型破りな生き様、・・・そんな人物に憧れを抱くのは私だけではないだろう。

 将棋の名人位の話に戻すと、故芹沢九段の話を思い出す(「男の花道」・色川武大著)。幼少期から名人位を目指し、挫折し、自分の生きる根拠を失い、滅びていった棋士である。氏は名人位を、世の中の他の何物とも代えられないの絶対的なものと信じ込んでいた。氏にとって名人位こそが神だったのかもしれない。「他のタイトル全部合わせても、名人位の方が格上だ」氏の言葉である。この言葉は、「名人以外の棋士には価値がない」という様にも受け取れる。しかし、これまでの将棋史を振り返るに、どれだけ多くの棋士が夢叶うことなく、散っていったか・・・儚いものである。

 棋士みたいな生き様は男にとって憧れである。男同士が己の全てをぶつけ合う姿は、見る者に沈黙を強いる。私の場合、戦術などにも興味はあるが、それよりも、美しい一幅の絵のような対局の光景を、これからもずっと眺めてゆきたい。

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課題図書作文短期間攻略法

 本や文章を愛する者として、タイトルのことは書いてはいけないのだろうが、自分も学生時代、夏、冬、春の休みの最後に苦しんだことがあるので書いてみようかとも思う(私は全部読んでいたが・・・)。あくまでも、大人が読んで、昔を思い出すためのブラック・ユーモアである。

<A. 課題図書が指定されている場合>・・・1)ネットのサーチエンジンにキーワードを入れて探す。この場合、詳細まで述べられていないケースが多いが、運良く考察が載っていることがある。これを、丸写しするのは論外だが、自分なりの切り口でアレンジして作文を作ってしまう。ただし、根本的にこの方法は自分の頭で考える事がないので、大人になって恥ずかしい思いをしたくないのなら、控えるべきだ。 2)レンタルビデオ・DVD店に駆け込む。そして、作品があったら即座に借り、映像を通してストーリーを頭にたたき込み、書く。この方法は、王道かもしれないが、希に原作と映像との間にズレがある可能性があるので、用心せねばならない(「砂の器」・松本清張など)。 3)まえがき・あとがきを必死に読み、本文を斜め読みして書く。これは、反則ではないが、相当なスキルを要する。素直に読んだ方が無難かもしれない。 4)読んだやつの所に菓子折を持って行き、ストーリーを聞く。これは一見無難なようであるが、もし、読んだやつに読解力及び記憶力がない場合、でたらめになってしまうというリスクがある。 5)塾の先生などに泣きついて書いてもらう。これは一見、確実で楽なようであるが、学校の教師も、他人の文章だと、まず間違いなく気付く。世の中そんなに甘くはない。 6)徹夜も辞さない覚悟で最初から読む。実はこれが一番の近道かもしれない。読んでいるうちに面白くなって行き、トントン拍子で事が進む。しかも、ネタも豊富である。時間的制約はあるが・・・。

<B. 課題図書が指定されていない場合>・・・1)過去に自分が読んだもので、妥当だと思われる作品を思い出して書く。これは別に反則ではないが、チャレンジャーズ・スピリットに欠け、根性がないと、自己嫌悪に陥る可能性がある。 2)本屋かアマゾンの速達便で、中経出版の「あらすじで読むシリーズ」を購入する。これも無難だが、原作の全てを包括できない以上、将来的な、自分の中での膨らみを期待できない。対処療法的で、その場しのぎといったところであろうか、ただ、他の本のあらすじも把握できるため、本に興味を持つきっかけとなる面はある。 3)短編を読む。これが一番賢い。間違っても「吾輩は猫である」などの長編を選んではいけない(時間がかかる)。オススメとしては芥川龍之介あたりか。特に「蜘蛛の糸」は10Pも無い。私の知り合いに、これのみで高校三年間を凌いだ強者もいるが、逆に短すぎるため、相当なイマジネーション能力を要することは必定。そもそも、芥川作品は短編でも奥が深かったり、悲しすぎるものが多いため教育上よろしくなかったり、とやっかいである。そういう意味では避けるべきかもしれない。小学生にも可能であるものとなると、差し詰め、O.ヘンリーあたりの短編がよろしいのではないか・・・。

 国語力が低下しているといわれる現状を憂慮している私が、上記のことに触れるのは’墓穴を掘る’様なものかもしれないが、良い本は自分の人生を変えるくらいの宝であることは言っておきたい。その時、解らなくても、諦めずに気合いで何度も読んでいれば、やがて解るようになるのが面白いところで、初期段階から手を抜くことは止めた方がいい。そういう意味で、上に私が記したことは、「やってはいけないこと」なのである。そういう意味で、このマニュアルは、課題図書を指定する教師への提言であるとも言える。

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何故このタイミングで?

 アメリカの下院でいわゆる「従軍慰安婦問題について日本は謝罪すべき」との議案が可決された。この問題は確かに深刻な問題で、とりわけ被害者の方々の心の傷は察するに余りある。確かに、これまでの日本政府の対応は国民の視点から見るに曖昧であったと言わざるを得ない。しかし、何故、アメリカに「こうしなさい」と指示されなければならないのか釈然としない。人権問題が根拠だと報じられているが、それならば逆に、アメリカが太平洋戦争で行ってきたことは、人権を蹂躙してはいないというのか?とりわけ、20世紀の最大のキーワードとなった「原爆」を一般市民(非戦闘員)にまで落としたことは、人権どころか莫大な人命を根こそぎ奪い取ったではないか。・・・もちろん、日本にも数多くの過ちがあった事も事実であるが、同盟国(?)の問題に干渉するくらいなら、アメリカからまず動くべきだ。ワシントンにナチスの博物館を作るのも結構だが、むしろ、原爆資料館を作る方が先なのではないか?・・・要するに、戦争をした以上、どの国にも負い目というものはついてくるし、過ちへの対処の仕方が肝心なのは言うまでもない。

 あらゆる戦争において優先されるのは当然、勝つことである。平和な時代には人道主義やら人権やらが尊重されるのだろうが、それも国有ってのことである。負ければ国が滅びるのだ。故に、何が何でも勝つためには、最終的には手段を選ばないのも当然だろう。ポツダム宣言を受諾し、無条件降伏をした我が国は、敗戦国なのだ。国破れて山河有り。戦後の冷戦時代には、アメリカは日本を「極東の最前線基地」位にしか観ていなかったのではないか?建前は主権国家で同盟国だが、実際は、首根っこを押さえられた、地図には映らない「アメリカの植民地」なのではなかろうか?・・・などという考え方は、被害妄想に過ぎないのであろうか。

 最初の慰安婦問題に話を戻すと、何故このタイミングで・・・?と考えざるを得ない。第一観として浮かぶのは、次の六カ国会議に向けて、「北朝鮮による拉致問題(これも同じ人権問題として深刻なのは当然であり、気の毒である)」に日本だけが拘泥して譲らない事への牽制球なのではないか?ということである。現段階では、日本を土台にアメリカは東アジアでの存在感を強めようとしている。それ程、中国が無視できない大国に変わりつつある。アメリカは、六カ国協議でもイニシアティブをとり、実績を納め、発言権を増そうという狙いがあると共に、水面下で微妙な綱引きをやっている可能性が高い。  もう一つ考えられるのは、現在の内閣が余りにも不透明だということだ。国民でも解らないようなところで、重要な法案が次々に可決される。しかし、それがいかなる理念を持ち、何を見据えているのかが判然としない。アメリカ側から見るとそれほど不気味なものはない。ということで、同様に牽制球を投げ、日本政府の対応を探っている状態といったところか。・・・後者は少し不自然かもしれないが。

 どの道、時が明らかにすることだろう。

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情報の伝言ゲーム

 あらゆるメディア(媒介)を通じての情報に、信頼できるものなどないと私は考えている。例えば、新聞の、特に国際欄などは一番疑う。なぜならば、事実→通信社(ロイター、共同など)→新聞社→新聞記者→読者、という仕組みになっているからだ。→が増えれば増える程、伝言ゲームの様に情報がねじ曲がる。つまり、それぞれの主観が入ったりして、事実とはかけ離れた情報が伝えられることだらけである。イラクの問題を扱ったある記事で、同じ事件を扱っている筈なのに、記者の受け取り方の違いから、同じ新聞の別々の欄に全く正反対の結論が述べられていたことがあった。同じ新聞でもそういうケースがあるのだから、様々な新聞の間では、こういう事は日常茶飯事なのであろう。そもそも、大いに筆をふるうのは結構だが、中にはその記者のものの見方を疑わせたり、何様のつもりだと首をかしげざるを得ないものも多い。・・・ほぼ毎日、広告ばかりで読むところがほとんどない、などと溜め息をつく。記事を熟読するべきかどうかは、まず、斜め読みをしてから判断するのはまだ良い方で、結論だけを読んでしまってから選択する場合もある。結果、八割方は読まない。新聞でさえ、こうなのだから、他の雑誌などの類は、必要なところだけ立ち読みする。

 T.Vのニュースも疑う。ある事件の映像などは確かに事実を映しているものもある。しかし、映像が一つだけならともかく、何故この映像を選んだのかを考える。長時間の映像を編集している場合でも、何故こういう風に編集するのかとも考える。もちろん、全ての報道でこんな事をしていては混乱するだけなので、「これは何かある。重要だ」というもののみである。ところで、T.Vのニュースのあり方を劇的に変えたのは、やはり、ニュースステーションの久米宏氏であろう。それまでのニュースというのは、ただ、ありのままに原稿を読み、伝えるだけだった観が強い。氏は自分の主観も織り交ぜながら、視聴者を煽っていた。結果、それが斬新な報道のスタイルとして人気を呼び、今日ではキャスターが自己主張しないT.V局の方が珍しい。時に、行き過ぎた自己主張には閉口させられるが・・・。

 では、どのように情報を取捨選択するか?私の場合はとにかく多くのメディア(媒介)に触れ、一つの事象に対して様々な角度からアプローチするように努める。場合によっては、他のジャンル(政治と経済と国際と歴史と文化と地理と・・・)も絡めて、総合的な判断をする。それでも多くの場合、真相は藪の中である。推論めいたものはいくつも出てくるが、どれとも言い難いものが大方だ。結局、可能性の高い順番に心の中で整理する。実際、原因そのものが複合めいてる確率の方が高いのではないか。

 私の場合、情報を疑う癖がついたのは、親父のおかげかもしれない。幼い頃にいろんなゲームを家族でやっていたが、毎回親父がトップだった。そんなある日、親父がイカサマをしているのに気が付いた。今になって聞いてみるに、「ほぼ毎回、ワザとやっていた。世の中にはそういうやつがゴマンといるっちゅうこっちゃ」と、一種の教育法だと主張するのだが、私は単に父の負けず嫌いによるものではないかと疑っている。

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おみくじ

 退屈なアルバイトなどで、それを少しでも忘れられるように、自分で独自にルールを作っていくらかでも紛らわす工夫などは、誰しもがやるのではないか。他にも、待ち合わせなどで時間を持てあますときなども、工夫によっては有益な時間となる。

 まず、アルバイトに関して言えば、自分が最初にやった、宅配便の仕分けのバイトはライン作業で最初はあまり面白いとは言えなかった。しかし、やってくる荷物の形状が異なることと、それを入れる金属の大きなカゴが一定の大きさということで、三次元テトリスと考えるようになったから、少しは面白みを帯びた。カゴの中にいかに素早く、効率よく、隙間なく詰められるかの勝負である。この時に掴んだコツは、その後の部屋の大掃除のヒントにもなった。・・・また、大分前に神社のおみくじ売り場でアルバイトをした友人によると、おみくじを引く人が、何を引くか予想していたそうである。これも一種の工夫による人間観察なのだが、時間が経つほどに当たる確率が高くなったとのことである。そうして、あるとき、『これは凶だな』というおばちゃんに、おみくじの紙を渡そうとしたところ、あろうことか、正月だから入れてはいない筈の「大凶」が出て来たとのこと。その話を聞いた私は、不遜ながらも笑ってしまった。

 一方、待ち合わせの場合、当初、私はクソ真面目に待っていた。イライラすることもままあった。これを何とかしようと、一人で待っている時に限って、立ちながら本を読む癖をつけた。単行本は重いので、大抵は文庫本だが、普段から最低二冊はジャンルの異なる本を持ち歩いているので、気分によって好きな方を選ぶ様にしている。しかし、これも考え物で、ある時、友人と待ち合わせていたら、余りにも遅いので、周辺を伺ったら、なんと友人まで読書に夢中になっていて、お互いに気付かなかったということもあった。その後、しばらくしてから、おみくじの話を思い出し、私はもっと面白い待ち方をするようになった。駅の改札前などで待つ場合、改札から出てくる人を、その表情、仕草、服装、雰囲気などで、どんな人なのかを一瞬で判断するという習慣を付ける様になったのである。もちろん他人であるから確かめる術はないのだが、直観を磨く訓練として、この自分勝手な人間観察を、普段、外をぶらつく時でもやる習慣がついた。もちろん迷惑がかからない程度に。やってみると実はこれは結構面白い。私の場合、人を観る場合、雰囲気を重視する傾向なのだが、何かの事情である人と話すことがあると、大方、どんな人なのかは解るし、大体、読み通りであることが多い。そうしているうちに、観察対象は人間に留まらず、自然物や人工物にまで向くようになった。すると、不思議なことに、あらゆるものに愛着が出てくるのである。・・・しかしながら、結局、一番、何にも解ってないのは自分自身に関してなのではないか?という疑問にぶち当たる。自分と向き合うというのは経験上、結構辛いものであるが、それが一番大切なのだろう。

 いつか私は、「失敗して初めて学ぶ、人間なんてそんなもんだ・・・だから大切なのは情熱を失わないこと」と言ったことがあるが、最近は、「失敗して、悔い改め、修正すること」の本当の意味での難しさに呻吟している。

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ほったいもいじくるな

 大学院生の時の夏休み、私は生まれて初めての海外旅行で、独りでのアメリカ横断の旅を、アメリカに骨を埋める覚悟で決行した。西海岸から東海岸へと、移動手段はグレイハウンドのバスであった。泊まるところは、『地球の歩き方』というガイドブック任せで、行き当たりばったり。今考えると、かなりの暴挙であるが、その時寄った、ソルトレイクで私が行った実験を書こうかと思う。当時、何としゃべったか記憶にはないし、私の英語が無茶苦茶なのは勘弁していただきたい。

 ラスベガスからの夜行バスで、翌朝ソルトレイクに着いた私は、この間に時差があるのを、前もって調べていた。寝ぼけた頭で朝食を済ますと、泊まる予定のユースに向かって歩き出した。アメリカの街は碁盤の目になっているところが多いし、通りに名前があるので、地図さえあれば、土地勘が無くてもまず迷わない。迷ったら、そこら辺の人に聞けばいいだけの話だ。方角は太陽が教えてくれる。そこで、とりあえず、次にあった人に時間を聞いて、一時間時計の針をずらすための確認をすることにした。ここで私は、あるイタズラを思いついてしまったのである。

 この旅の遙か前に、ビートたけしのラジオの深夜放送で、「What time is it now?」と、当時売っていたアイスクリームの名前、「掘った芋いじくるな」との語音が似ているというネタで盛り上がり、私も爆笑した記憶があった。

 それを思い出してしまった私は、これが通じるか、是非試してみたくなって仕方無くなった。そうして、私はその日最初に出会う人には申し訳ないけれど、実験を試みることにした。しかし、早朝でなかなか人が見かけられない。・・・と、横の坂道から通勤に向かっているだろう、まだ若い男の人が歩いてきた。私はダッシュで駆け寄り話しかけた。

「Excuse me? I've arrived here Salt Lake City from Las Vegas by night bus this morning. I 'd heard it's different time zone between Nevada and Utah. So, would you tell me ほったいもいじくるな? (すいません。今朝、ラスベガスから夜行のバスでここ、ソルトレークにやってきました。ユタ州とネバダ州では異なる時間帯と聞いておりましたが、今、何時か教えていただけないでしょうか)」

それまで、ふんふんと聞いてくれていたその人は突如、

「What? (えっ?)」

と、驚きの表情で聞き返してきたのであるが、これは当然である。そこで、意地でも聞き出したくなった私は、時計を指差し、もう一度、

「ほったいもいじくるな?」

と、訊ねてみた。するとその人は、自分の時計を見て、

「Oh! It's 6:30.」

と教えてくれたのである!

「Thank you very much !」

といって別れ、時計の針を一時間ずらす私は、失礼ながら、大喜びしていた。申し訳なさは当然あったのだが、好奇心のほうが上回ってしまったのだ。お許しいただきたい。

 昔、ユタ出身のケント・デリカットが「ユタは田舎じゃないよ」と散々言っていたが、あれは嘘である。充分過ぎる程の田舎である。・・・というより、冬季オリンピックが開かれたように、素晴らしい自然があることを誇りに思ったほうが、楽しめるような所であった。

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こいつは譲れねーぜ

05040923_27_22 我が家の愛犬「弥七」君(ミニ・ダックス、♂、満九歳)は気に入るものが見付かると、大きな口でくわえ、自分のおもちゃにしてしまう。左の写真でくわえているものは何だったが忘れたが、表情から察するに、もう、自分のものだと主張している様子。どういう基準で選んでいるのか判らないが、噛みごたえのあるものや、音の鳴るおもちゃなどが好きみたいで、飽きるか壊れるまで、それで遊び続ける。ただ、歯が丈夫なので、大抵は2〜3日で壊してしまう。普段は穏やかな気質なのだが、その間は執着心が強く、取り上げられそうになったら、くわえながら呻き声を上げ、歯をむき出し、威嚇する。どうでもいいものなら、家族も放っておくのだが、生活必需品(特に靴下には目がない)の場合、取り返さなければならないので、苦心する。弥七君も、長年の経験から、これは絶対に取り上げられる、でも気に入った、というものは、その場に長居しないで、ダッシュで自分の小屋に持って行く。そうなると、なかなか出てこないどころか、近づいたら威嚇を始める。最低一日は立てこもるので、籠城戦になる。おやつなどでおびき寄せようとしても、警戒している時は出てこない。食事などは夜中に皆が寝静まった頃にしているのであろうか、出てこない。様子を見に行くと、小屋の中に大急ぎで戻り、自分のだとくわえる。よくよく考えてみると、それで遊んでいる様子もなく、何のために籠もるのか不思議である。ただ、疲れるのか、馬鹿馬鹿しくなったのか、ある時を境に、のそのそと小屋から出て来て、全く興味を示さなくなる。それで、無事元に戻り、一件落着である。しかし、九年も経った現在では、小屋の中には、彼の大好きなものだらけが散乱している。

 おもちゃで遊ぶときも、初めのうちは一人でガジガジやっていたのだが、いつからか、そばにいる家族の脇にわざと落とし、「それを投げろと」催促する様になった。投げてやると、ダッシュで拾いに行き、すぐに戻ってくるかと思えば、そうでなく、自分で遊んでから忘れた頃に、またポトリとそばに落とし催促する。しょうがないなと、また投げてやると、またポトリと同じ事を繰り返す。放っておくと、鼻でツンツンとつつき、催促する。「いいかげんにしろ!」と注意すると、しばらくの間の後、空気をよんで、わざと欠伸なんかしたりする。その調子の良さに呆れてしまう。

 この、「わざと欠伸」は、場の流れを変える彼の常套手段でもある。初めのうちは気が付かなかったが、一度、明らかにわざと欠伸をしている様子が見て取れたことから、その後、しばらく観察してみると、実はしょっちゅうやっているのが判明した。犬を飼ったことがない私には、彼の知恵に驚かされたのだった。

 こんな弥七君であるが、誰かが何かに取り組んでいるときには、絶対にじゃまをしない。雰囲気で判るのか、悪さもせず、気配を消す。これは偉いと思う。

 なんだかんだで、もう九年経ったが、教えられることが多い。家の中で一番みんなに気を遣っているのも彼だし、家の空気が丸くなった。いろんな意味で感謝している。

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モーツアルトを聴くと

 高校時代の数学の師匠は、「私の知り合いの中でも、モーツアルトを聴くと落ち着くと言うか人が多い」と語っていた。当時、クラッシックをあまり聴かない私だったが、試しに小遣いで二枚ほど購入し、聴いてみた。音楽についての教養が乏しかったせいか、特にこれといって感ずるところはなかった。購入するときも、何を基準にしようか迷ったが、ピアノの音色が好きだったので、ピアノ協奏曲20、21、23、27番を選んだ。知っているメロディとそうでないものが混じっていたが、温かかったり、哀しかったりといった印象だった記憶がある。それからも徐々に増えていくのだが、ペースは遅かった。

 この状況を激変させたのは、映画「アマデウス」である。教育テレビで放送される日に、母方の祖母から電話が鳴って観ることになった。感想は「すげーな」位のものであった。この映画はその後、何度も観ることになるのであるが、その考察は今回の趣旨から脱線するので控えておく。他には小林秀雄氏の「モオツアルト」を読んだり、何らかのメディアから入ってくる情報などから、次第にバックグラウンドが自分の中で形成されていった。

 それから数年後、モーツアルトのCDもかなり増えてきた頃、私はあることに気が付いた。寝る前に聴くと、一人連想ゲームが止まらなくなり、眠れないのだ。ここが明らかに、他のあらゆる曲との違いだった。そんなことが続いたせいか、次第に私は師匠とは逆のタイプなのではないか?などと勘ぐるようになっていった。最近は、聴いていると思考を煽られる気持ちになる。いろんな音楽の中でも、一番、右脳に刺激をもたらすのであろう。最近はないが、昔、2〜3度、夢の中で音楽が鳴ることがあった(CDを消し忘れたわけではない)。それも、普段よく聴いている音楽ではなく、何故か、モーツアルトであった。一度、夢のラストシーンで、オペラ「魔笛」の「夜の女王のアリア]の最後の絶叫が突然、鳴り響いて、飛び起きたこともある。

 いろんな意見が飛び交うところであろうが、ある時期、本屋でも、モーツアルトの音楽による啓発本と安らぎの本が置いてあったのだから、聴く人それぞれというところか。脳のどういう部分が影響を受けるのかを研究している方も多いであろう。でも、それが、何故なのかというところを私は知りたい。文章などを書く場合は論理的であるから主に左脳によるであろうが、そこで音楽(私の場合は前述の通りモーツアルト)などで右脳を刺激すると、どうして効率が上がるのかも不思議だ。左右の脳の間のバランスの問題なのであろうか?将棋のプロでも強い人ほど右脳を有効利用しているとのこと。

 ここまで述べると察しがつくと思うが、このブログでネタに困ったり、文章が途中で止まったりすると私の場合はモーツアルトの音楽が救いの手をさしのべてくれる。現にこれを書いている今も、彼の音楽が流れていることは言うまでもない。

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あの頃の生徒諸君よ

 あの頃の生徒諸君よ

今でも元気にしているだろうか

当時、私が知ってもらいたかったことに                                  

気付いただろうか?

 否応なく気付かされたものも多いであろう

おそらく諸君の大半は汗水垂らして働いているのではないか?

生活や様々な事情によって・・・

それでも、諸君等の心は濁ること無い様に祈っている

 忘れるな!

親御さんや温かな身内によってあの頃があったことを!

 嘘をついていた子も、そうではなくなっていると

信じている

 人をいじめていた子も、そうではなくなっていてほしいと

信じている

 あのころ、

俺は願っていた

諸君等が新たな波となって

怒濤となって、我々を追い越してゆくことを・・・

 君達は応えてくれているだろうか

様々な人々の願いに・・・

 裏切ってはいないか?

自分自身を・・・

 つらいときでも耐えろと俺は言った

なぜなら

人間なんて

我慢が歩いているようなものだから・・・

 暗い巷を吹き飛ばすように歌え!とも俺は言った

なぜなら

あらゆる世界に於いて

常識ほど無責任なものはないのだから・・・

 輝きや 悔しさや 痛みや 感謝を

忘れた者は

俺は見捨てる

人間として認められないからだ

 そうだ

僕に、

何で生きているんですか?

と聞いてきた子もいたね

 それに普遍的な解はない

でももし君が

ある、やさしい女の子に出逢ったとき

もどかしい気持ちを止められないのと

同じ事だと

僕は思う

 今、現在、自分を振り返るに

あれから、

なんという愚かな時間を過ごしてきたのかと

俺は嘆く

 どうか諸君よ

まっすぐな道を行け

どうせゆくなら

ど真ん中を歩いてゆけ

 無責任な者達に

後ろ指を指されてもいい

バチは当てるものではなく

当たるものだから

 老いた私は願う。

「誇り」という揺るぎない信念を持って

今を懸命に生きると同時に、

かつて私たちがしてきたように

諸君等が、後の世代へと、

新たなバトンを

渡してくれることを

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仏画の慈悲に支えられ

 今年の三月中旬、我が家に巨大な荷物が届いた。巨大と言っても、縦横が1m以上あるのだが、厚さは僅かしかない、持ってみても軽い。何だろうと思って差出人の欄を見ると、字が薄くてよく見えない。しかし、宛先や電話番号は合っている。身に覚えがないので、よもや、新たな悪徳商法ではあるまいか?などと怪訝な気持ちでいたのだが、放っておいても仕方がない。家の空き部屋に持って行き、蛍光灯にさらし、よくよく差出人を見てみると薄いカーボンの文字で、友人の奥さんの名前が書いてある。さっそく電話をして事情を確認したところ、仏画を送って下さったとのこと。そこで受話器を置いて、初めて段ボールを取り除いたところ、見事な仏画が現れたのである。驚きを隠せなかった私に、友人の奥さんは事情を説明して下さった。「画廊で眺めていて、私が一目惚れした絵なの。でも、うちにはクリスチャンのお婆ちゃんがいて偶像崇拝は出来ない。そこで主人と相談して、あなたなら大切にしてくれるだろうと思ってお送りしたの」私はお礼を言い、素直に感謝することにした。友人とその奥さんの気持ちがものすごくありがたかった。

 飾る場所を探す間、空き部屋に置いていたのだが、その頃ある事情で苦しんでいた私は、毎日座って、仏画を眺めたり、問答を繰り返したりしていた。限りない慈愛を感じると共に、私のP1000475心の有り様によって、表情やおっしゃることが変わるのだ。かなり救われた感があった。まもなく別の部屋の壁に飾ることにした。そこは、毎日ではないが、私がお経を唱えたり、座禅を組んだりする部屋なのであった。ただ壁に向かうのと、対象があるのとではありがたみが違う。

 絵を頂くに当たって、友人と奥さんは、私の文筆促進も願ってということを忘れなかった。ブログを始めることを約束した友人の中の一人である。そして私はこのブログを始めるに当たって、毎朝、この仏画の前で経を唱え、座禅をすることに決めた。しばらくは感覚を取り戻す感じであったが、その座禅の最中、私は左足の甲の古傷を痛めてしまった。一昨日、判ったのであるが、過去にも痛めた所であり、一週間ぐらいで治ると決めつけて病院にも行かなかったら、今朝になってひどいハレと痛みを生じた。歩くこともままならず、 正座さえ出来ない。ましてや、座禅での組み足などは怪我を助長するだけである。

 申し訳ないなと思いながら、左足を伸ばして合掌したり、手を組みながら続けているのであるが、何か不遜な気持ちは拭えない。体が硬い私のこと、ぼんやりと、今度は足の組み方を左右逆にして、もっと入念にストレッチをしようなどとと考えている次第である。

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ペイトリオットという名のミサイル

 MD(ミサイルディフェンス)構想が今後の日本の対ミサイル防衛の主軸となりつつある。ある国から発射されたミサイルを、着弾する前に迎撃ミサイルによって打ち落とすという構想だ。しかしながら、少し考えてみれば、これは気休めで、ザルに近い防御網なのではないかという疑念は誰だって抱くであろう。実際に1〜2年前の実験段階で、自軍で発射したミサイルを自軍の迎撃ミサイルが撃ち落とせないという実験失敗のニュースが流れたのは記憶に新しい。これは剣道に例えるなら、練習で、打ち手が「面を打ちますよ」と宣言してから竹刀を振り下ろしたのに対し、受け手がそれを防げず、面を食らったのと同じ事だ。この場合、打ち手と受け手に相当な実力差が無ければあり得ないことだ。しかも、これはあくまでも練習での話である。実戦では、予告して攻撃するやつなどいない。

 ミサイルでミサイルを撃ち落とす事なぞ、よほど理想条件下に近い環境でなければ不可能なのではないか。無論、実験で成功した例を顧みて。詳しいことは専門家に任せるとしても、生やさしいことでないことは容易に想像される。また、振り返れば湾岸戦争当時、アメリカの迎撃ミサイルによって打ち落とされたイラクのスカッドミサイルの映像がT.Vに流れたが、あれは明らかなメディアコントロールであった可能性が高い。当時に比べ、技術も進歩し、精度などが格段に上がっただろう事は事実であろうが、それは、撃ち込まれるミサイルにとっても同じ事だ。ましてや、技術的には迎撃ミサイルの精度を上げる方が桁違いに困難であろう。もし、きわめて曖昧な実験によるMD構想が本格的に軌道に乗ったとすれば、我々は、「気休め」を莫大な金で買うことに繋がるのではないかという疑念は拭えない。下手をすれば、武器商人のカモになるだけなのではないか。

 思うに、それよりも深刻な問題は、ペイトリオット(愛国者)という、ミサイルのネーミングにあるのではないか。いくら防衛のための迎撃ミサイルとはいえ、「ミサイルに愛国心を抱かせる」という発想自体がそもそもナンセンスである。ブラックジョークとしても解せないどころか、はっきり言って、洒落にならないほどの不条理を感じる。こういう発想体系というのは、許されない思想形態なのではあるまいか?極論、あらゆる戦争に正当性が無い以上、武器に愛国心を抱かせる様な思想というのは、破滅に繋がることを暗示してはいないだろうか?

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胸ぐらを捕まれて

 中・高男子校だったせいか、我が校ではギャンブルが非常に盛んであった。中一の時に花札を友人から教わり、中三以降は麻雀が流行った。初めて徹夜で打ったのも、中三の時の友達の家でのことである。高校二年の時はトランプのブラックジャックとドボン、休みには馬券を買い、パチンコ屋で煙草を覚えた。学校をさぼっての、ボウリングでも、数字がある限り、なんでも博打の対象にしていた。さすがに高三の時には、受験生ということで、みんなやっていなかったが・・・。現在でもやるのは麻雀と競馬、気分転換のパチンコぐらいであろうか。それもこの頃は控えている。それぞれについて触れてもいいのだが、今日は高校二年の終わりの、ある出来事について触れる。

 やけにでかいカバンを持って登校した、土曜日の午前だけの授業が終わった後、友人二人と馬券を買いに行く予定だった。途中の駅で降りてデパートに向かうと、三人は男子トイレに向かい、そのやけにでかいカバンから私服を取り出し、速攻で学生服との着替えをすませた。髪型も、誰かが持ってきた整髪料で固められ、『変身』を済ますと、場外馬券売り場に向かった。三人が持ち寄った競馬新聞での検討が終わると、思い思いの馬券を買い、取った取らないになる。・・・今思うに、JRAの警備員に捕まるかもしれない。捕まったら補導→退学という中で、スリルと度胸試しの面が強かった気がする。

 その日は三人とも精彩が無く、オケラだった記憶がある。馬券売り場を後にした三人は、とぼとぼと歩き、どっかのゲームセンターに入っていった。金はなかったが、三人の中の一人が、「別のゲームセンターで取っておいたコインがある」と言い、店の奥のコインの販売機に手を入れ、「買った振り」をして次々とコインを取り出していた。そうして三人で遊ぼうかという段になったとき、怒鳴り声がした。

「おまえら、何やってんだ!今、別のコイン使ったろ。ふざけるんじゃねえ、どこの学校だ!」

 と言い終わるやいなや、「おまえか!」と別の友達の胸ぐらをつかんだ。するとそいつは、「いいえ、僕じゃありません」と即座に答えた。『次は俺だな』と思った私は後ろの真犯人である友人に目をやると、顔色が青白い。『あいつに行くまでに何とか俺で止めないと』と思った私の胸ぐらが捕まれた。「じゃあ、おまえか!」・・・来たなと思ったが、よくよく相手を観察してみると、私より若干背が低く、表情からは、無理矢理に腹を立てている感じだ。胸ぐらにも本気で力を込めていない。他の店員もいたが、大声を上げている、多分こいつが店長だろうと察した私は、アホになる事に決めた。何を言われても「はあ」としか答えず、相手の気合いをかわす作戦に出た。胸ぐらを揺さぶられても、「はあ」で通した。私のコンニャクみたいな態度に相手もそれ以上のことはしない。結果、何とか私で止めることが出来、ボロクソに言われながら、三人は店を出た。急場を凌いだ三人は、しばらく無言で駅に向かっていたが、突然一人が口を開いた。明るい口調で、

「あそこまで胸ぐら捕まれたなら、逆ギレして、相手の胸ぐらつかみ返してほしかったな」

 そう言ったのは、もちろん、即座に口を割ったやつである。『仲間売っといて何言ってやがる』と、開いた口がふさがらないのと同時に、そいつの要領の良さから出たであろう、多分苦しいハッタリに、怒る気にもなれなかったのである。

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切符とおつりの不確定性原理

 十年くらい前、独りでヨーロッパを旅した私は、その数年後、何かの集まりの二次会で、その時の話をするように先輩から求められました。

「往復は、アエロフロート、ロシア航空でした。行きにモスクワで一泊したのですが、その時ホテルに案内してくれた空港の女性が、とても素敵でチャーミングでした。『地球の裏側でこんな出逢いが待っていたとは・・・』と思った僕は、いっそのこと旅を止めてこのまま日本に連れて帰ろうかと考えましたが、捕まった時の、旧KGBの拷問を恐れ、泣く泣く諦めました。傷心の僕を慰めてくれた月はやけに低かったです。多分、緯度のせいでしょう」

 などという「つかみ」から入り、簡潔に旅の話をすると、再び帰路のイスタンブールでの空港の話になりました。

「チェックインの前に列が出来だしたので、僕もすぐに並びました。一時間以上は待ったと思います。行列が出来ても、カウンターの係員は時間まで知らん顔でお喋りをしている。ロシアらしいなと思いました。でも、もっと驚いたのは、受付が始まると、行列が崩れ、波となって押し寄せ、割り込みまくるんです。ほうほうの体で、なんなんだ、この国民性はと呆れていました・・・と、そういえば、今年、初めて大阪に行ったのですが、大阪人、切符売り場で並ばないんですよ。それにも驚きました」

 すると、一人の先輩が、

「大阪人についての本によると、やつら、切符よりもおつりを先に取るとか・・・」

 これ以上、この話題を続けると、悪口か偏見になると感じた僕は咄嗟に、

「ちょっと待って下さい。もし、1000円札で900円の切符を買うなら、当然、切符から取ります。でも、5000円札で130円の切符を買う場合・・・俺も、おつりを先に取ります。・・・問題は1000円札で500円の切符を買う時です。切符を取るかおつりを取るか・・・切符とおつりの不確定性原理・・・こんなこと言ったら物理屋さんにおこられますよね」

 何とかこの話題を止めた私は、その晩、調子に乗りすぎて飲み過ぎてしまい、終電を逃し、切符さえ買うことが出来なかったのでした(涙)。

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消えたローストビーフ

05033011_43_10 今日は、我が家の一員である弥七君(ミニ・ダックス、♂、満9歳)を紹介します。名前はご存じの通り、「水戸黄門」の弥七から拝借しました。わんぱく坊主です。

出会いは九年前の春、我が家で初めてペットを飼おうということになり、まず犬にすることを決めました。次に名前ですが、父は任せるとのことで、母は「ジョンがいい。JFKのジョン」と言っていまいた。私は何かしっくりこないのでしばらく黙っていましたが、突然、パチンコ「水戸黄門」のスーパーリーチの映像が脳裏をよぎり、「やひちだ!」とひらめいたのです(こんなこと本人(犬)には言えません)。結局、私の案が採用され、名前は「弥七」に決まりました。次にペットショップに行く途中で、父が「なるべく元気なのがいいな」と言い、その方針で決まりました。そうしてお店に着くと、たくさんのちび犬たちがショーケースの中にいました。私は「やひちはどこだ?」とじっくり観察していたのですが、昼時でほとんどの犬が寝ていました。そんなとき、この犬の前でケースを軽く叩くと、ムクッと起き上がり、チビなのに尻尾を振りながらワンワンと無邪気に吠えていたのです。もう一匹、候補の犬がいましたが、迷った末に気が合いそうな現在の弥七君を選びました。

 家に来てからしばらくは檻の中でしたが、出してみるとこれが、もう、好奇心旺盛、何でもかじってみたり、食べてみたりするのです(不思議と電気のコードはかじらないので安心しました)。ドッグフード主体のえさですが、家族が食事を摂っていると、そばに来てうろちょろし出すのです。かわいいので、みんなちょっとずつ分けてやっていたのですが、ある晩事件が起こりました。

 夕食はローストビーフだったのですが、私と父がいないとき、母が自分の分を用意して、さて食べようかと、お茶を注ぐのに横を向き、振り返った瞬間、テーブルの上のローストビーフが消えていたらしいのです。気が付くと部屋の隅であわててもぐもぐやっている弥七君がいたとのこと。呆れてものも言えなかったみたいです。どうやら弥七君の一番の好物は今でもローストビーフみたいです。

 寝るときは私の部屋に来るのですが、家に来た当初から枕代わりのクッションに頭をちょこんと乗せ、なんと、仰向けに腹を出して、豪快にいびきをかいて寝たのです。それを見た父は「こんな犬知らんわ」と苦笑いするのでした。

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人生の冬眠

 司馬遼太郎氏の本の中で、たしか吉田松陰がこんなことを言っていた。「どんなに長いものであろうと短いものであろうと、人生には春夏秋冬がある」

 大分前、それを思い出して、我が家に遊びに来てくれた友人に問うたことがある。

「人生に春夏秋冬があるならば、今、おまえの人生はいつ頃だ?」と。すると友人は「春かな」と答えた。そして、逆に僕に同じ事を聞き返してきた。「う〜ん、梅雨だな」と答えた。昔の話である。今でも二人とも元気だ。

 さて、昨日、私と私の父母とで、二年振り(父母は一年振り)に父方の祖父の墓参りと、祖母の見舞いに行ってきた。距離が距離なだけになかなか行きたくてもいけないのである。祖母は三、四年前から介護施設に入っている。その前に実家にいるときから、私は祖母と話すのが大好きだった。智恵の固まりのような人で、迷いがちな私にとって、大きな活力を与えてくれる人だった。今回も祖母から何かをつかみたい気持ちと、二年振りの懐かしさとがあり、『元気にしてるかな』などという期待の気持ちで、訪問したのだ。施設のエレベーターの扉が開くと、いきなり車椅子に乗っている祖母が目の前にいた。顔つきが多少変わってはいたが、『二年振りだしな』という気持ちで「ばあちゃん!」と声をかけた。父も「どこに行きたいんや」と話しかけたが、いつも通りのはっきりした返事が返ってこない。何か様子が変だ。介護士の方に挨拶すると、「いつもエレベーターの前にいるんです」と話してくれた。私も父も母も大方察しがついた。ばあちゃんは認知症になってしまったのだ・・・!突然のことに、私はショックを通り越して「いつも通り」に徹する様に切り替えた。父が車椅子を押す、私が話しかける、母がばあちゃんの好物のチョコレートを口に運んで食べてもらう。何故かばあちゃんは、父もよく覚えておらず、母も知らぬ人なのに、僕の名前は覚えていてくれた。そうして「大きくなったなあ」のやりとりをを十回以上繰り返す。きっと私のことが一番心配だったからなのだろう。私は必死で陽気に振る舞った。

 その後、気を利かせて私と母は離れたベンチに座った。よくよく観察してみると、たくさんの車椅子のお年寄りが何することなく寡黙に過ごしている空間だということが、改めて身に沁みた。私が「切ないね」と話すと母は「歳が歳だから・・・」と、ため息をついた。まもなく、ばあちゃんに「元気で!またね!」と手を振って別れを告げるとばあちゃんも手を挙げてくれた。

 車に乗った私たち三人は、しばらく無言だったが、父が「これが最後になるかもしれんな」とつぶやいた。しばらくの沈黙の後、私は何かをこらえながら言った。「今迄さんざん苦労してきたばあちゃんだから、きっと神様が最後は苦しまなくて済むようにしてくれてるんだよ」・・・もちろん三人とも、ばあちゃんがどうであろうと長生きしてもらいたい気持ちには代わりがない。

 人生が春夏秋冬ならば、祖母はさながら冬眠に入ったというところか。次にくる春を私は信じたい。

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老人と海

 中学一年の夏休みの課題図書でヘミングウェイの「老人と海」を読んだ。短編で内容も面白かったので、一気に読んでしまった気がする。記憶違いもあろうが、大まかなあらすじを述べると、『まず、老いた漁師が、長年使っている自分の、決して大きくはない船で漁に出る。すると、数年来の大物(たしかカジキマグロ)がかかり、それを仕留めるのに、持てる力の全てをかけた末に、銛を打ち込み死闘を制す。しかし余りにも沖まで流されてしまったため、(たしか)手漕ぎの船で港に戻ろうとするが、途中で獲物にサメが何度も食らいつき、懸命に追い払うのだが、ほとんど全てを食べられてしまう。結局、港に戻った頃にはカジキマグロの大きな頭だけが残り、他の漁師達はねぎらいの言葉をかけるも、老人は疲れ果てただけで、酒場で一杯やる』というようなストーリーだった筈だ。何故、今頃こんな事を思い出すのかというと、読んだ当初は幼く、ただ面白かっただけだったのだが、ついこないだ、実はこれは現代アメリカのマッチポンプぶりを予言した強烈なアイロニーだったのではないかということに気が付いたのだ。

 アメリカの歴史といえば、聖地詣でという建前でイギリスから逃げてきたピルグラム達が、最初東海岸に住み着き、主に宗教を建前に西へ西へと原住民(インディアン)の地を侵略してゆき、果ては西海岸にまで住み着いていったというのが基本だ(このことを詳しく歌い、アメリカのやり方を批判したアメリカのバンドの曲がある。EAGLESの「The Last Resort」だ)。

 また、政治的には、当初は中立主義であったのが、大戦中に「民主主義を守る」という名目に変態して連合軍に加担し、戦後の冷戦の中ではこのイデオロギーのもと、共産主義圏と実際に朝鮮半島やベトナムなどで戦争を起こした。その後、冷戦終結を境に今度は、国連を引きずり込んだ湾岸戦争、人道支援という名目でのソマリア派兵(映画「ブラックホークダウン」参照)、現在の泥沼化したイラク戦争に至っている。未だ帝国主義的だと世界中の国から指摘されている。

 軍隊の存続意義のためや、その他のために戦争が必要悪になるのも現実だ。なにも、アメリカのやり方の批判ばかりをする気はない。なぜならば、もし、その時その時にアメリカのような国が無かったならば、世界はもっと悪い方向へと向かっていった可能性も否定できないからだ。しかしながら、、アメリカの歴史の原点から辿ってみるに、どんどんと何もかもが(文化的には欲望のままに)膨れあがり、現時点では暴走しているととらえるのが妥当なのではないか?・・・ここに沖に流され過ぎて、結局、カジキマグロの頭という「意地」だけが残ったヘミングウェイの老いた漁師が重なるのだ。

 物事は表裏一体、巨大な反動がこないことを望むばかりである。

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コミュニケーション

 小説などを読む場合、読み手に一番必要とされるのは想像力ではなかろうか?情景描写の場合はそれまでの人生で見て来たものから、心理描写の場合は同様に経験し、感じてきたことから、それぞれ大まかに類推するのではなかろうか。人間はそれまでの人生の経験の中で、見たり聞いたり考えたりと五感を通じて入ってきたものしか想像できないものだ。こればかりは十人十色で、多少の共感作用はあっても、それぞれがオリジナルなものといえる。 逆に小説などの書き手も、多かれ少なかれテクニックやスキルによる違いはあるのだろうが(これが作家の能力としての重要なパーツの一つであることは当然ながら)、読者に伝えたいことをその通りに伝えることは不可能である。つまり、読み手に委ねられる仕組みになっている。これは、文章に限らず、音楽や絵画や写真や芸などでもそうだろう。伝える(伝わる)という意味に於いては。ただ、それぞれを組み合わせることにより意図がはっきりしてくる。しかし、一方で、逆に、シンプルな方が自分でいくらでも解釈できるところに味があって面白い部分があるというのも事実だ。

 ところで、例えば、人と人のコミュニケーションについて考えた場合、意思疎通が一番スムースなのは、実際に会うことだ。言葉以外にも、相手の表情や仕草、雰囲気などからもニュアンスが伝わってくる。次にスムースなのは電話であろうか。ここでは言葉と声音で伝わってくる。最後に手紙やメールなどであろう。これは文章(その他)だから、上に書いた想像力のみだ。しかし、それぞれにメリットとデメリットがあるのも面白い。例えば、メールは記録として後に残るが、伝達速度にギャップがあったり、伝えられる情報量が少ない。

 また、ネットで本を買ったりするのは便利だが、新刊の総合的なチェックが出来なかったり、立ち読みすることが出来ないのが弱点だ。本に限らず何でも、便利だが、リアルさに欠ける。これでは、本当にいいものが減少する危惧は否めない。骨董でも何でも、五感に訴えかけられなければ、その良さは解らない。

 結局、コミュニケーションに関して言えば、究極の意味で分かり合うのは難しいということである。しかし、「以心伝心」「阿吽の呼吸」などの言葉が示す通りに、時間軸が加われば、人どうしの相互理解が深まってゆくことは嬉しいことだ。もちろん、相性や感性などが先立つであろうが・・・。直観力や愛情、それに伴う研鑽があれば、万物との間でさえ絆が見えてくると自分は観ている。

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チーフごめんな

 高校生(男子校)の頃、よく学食で昼食を摂っていた。メニューは、定食二種類、麺類、カレー、チャーハン、その他、だったように記憶している。もちろん弁当も持って行くのだが、そんなものは朝、食ってしまうのであった。食券はプラスチック製(いろんな色があった)で、予めそれ買っておいてから、昼休みに長蛇の列に並ぶのである。昼休みといっても40〜50分しかなく、長いときには10分以上並ぶことになり、貴重な休み時間の無駄に繋がることもしばしばだった。そんな中、ロイというあだ名の友人はご飯とコロッケのみを単品注文し、安く早くたいらげるものだから、そのメニューは、いつしかロイ飯と呼ばれるようになった(真似するやつはいなかったけれど・・・)。なんだかんだで、俺たちは食堂で働くおばちゃん達とは仲良くやっていた。

 だがしかし!

 ある日、食券を買いに行くと、厨房に見知らぬ男がいた。なんでも食堂を管理する会社が変わったらしく、その男は、おばちゃん達から「チ−フ」と呼ばれていた。それだけなら何でもないのだが、事件はまもなく起こったのだ。経営改善のためか、ある日を境に突然、カレーの量が明らかに2/3程度に減らされたのである。値上げではなく、量を減らすという姑息な作戦の断行を指示したのは、紛れもなく「チーフ」であることはみんな察しがついた。やがて、カレーの列に並ぶ生徒は日に日に減っていった。

 これは、育ち盛りの俺たちにとって大きな事件だった。このままじゃいかんと、イタズラ好きな俺たちは、あらゆる食券の裏に告訴文やチーフへの文句を油性のマジックで書き殴ったのである。食券を表にして出したらまずバレないからだ。

「チーフ返れ、おまえが来てからカレーの量が減った!」 「カップラーメンよりまずいラーメン売るんじゃねえ!」 「くたばれチーフ、無愛想に突っ立ってねえで働け!」 などだ。

 それからしばらくは、その食券運動が続き、チーフの目付きも、日増しに恐ろしくギラギラしだした。だが、それでもカレーの量に変化はなかった。そうしてまもなく、紙の食券機が導入されたのだ。

 ・・・今思うに、チーフの独断ではなかったであろう。そして、何よりも、陰険で幼稚な行いをしてしまった自分を恥じる。でもその時は、そういう流れだったし、時流には誰もかなわない。だからこの場でネタにしたことも含めて詫びる。「チーフごめんな」

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プライドと名誉と

 スポーツなどに興味が深まれば、自然と「ひいきのチーム」などが個人々々に出てくる。ところが、この、「ひいきのチーム」について、知人や同志なら気軽に話せても、見知らぬ集団の中で話すのは少し気が引ける。例えば、客商売でTVを置いている店のマスターなどがそうだ。この場合、通っているうちに自然と気配で判るものだから、その仕草を眺めながら呑むのも一興かもしれない。

 当然ながら、好きなチームをはっきり言う人に、その反対のことを言ったら気まずくなる。ましてや、逆に言い返そうものなら、火に油を注ぐようなものだ。しかし、これはプライドの問題ではないだろう。なぜならば、実際にプライドと名誉を賭けて戦っているのは画面向こうの選手達なのだから・・・。

 では、プライドと名誉はどういう関係なのか・・・?

 考えるに、「プライド」とは「我が儘でない確固たる信念に基づいた誇り」であり、「名誉」とは、ある人(々)の「プライドをくすぐる(くすぐられる)もの」、ついでに書くと、「尊厳」とは、人に当てはめる場合、「その人が神から与えられた存在としての冒しがたい軸」という気がします。

 勝負師の真剣勝負(なかなか無い)は己の全存在を賭けたプライドのぶつかり合いだから、見ている方も手に汗握るのでしょうね。

 

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約束から早四ヶ月

 長年物書きになる(か坊さんになる)ことを考えていた私は、今年の二月の、これもまた長年のつきあいである友人達との新年会で「ブログをやれ。やらなければ、これからの会合には参加禁止。でも、幹事はこれからもおまえだ!」という、思いやりあふれる激励に、複雑な気持ちで頷かざるを得なかった。

 それから、早四ヶ月、様々な葛藤を経て、この半ば脅しとも取れる激励に応えるべく、今日ここに筆を執った次第である。理由こそ明かさないが、それまで、世の中を隠者のように観察し、いろんな事を書き留め、いつか自分が納得できる様になったら表に出してもいいと、没後に解かれることも覚悟していた封印を、解く決意をしたのは、単純に夏にまたみんなと会いたいからという理由が主たる事は否めない。

 はっきり言って、自分のポリシーを採るか、みんなとの友情を採るかのトレードオフに四苦八苦していたがために、なかなか行動に移せなかったのだ。しかし、ブログを書くことを決意した以上、できるだけ温かい作品を提示してゆきたい(もちろんネタに困ったらどうなるかは判らないが・・・)。まあ、継続は力なりということで精進する次第だ。

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