課題図書(新年会その5)

・この新年会の幹事をやっていた際、ある常連のメンバーから、私個人宛に、メールで、「最近の新書でよむ価値のある本がない。何か本を紹介してくれ」というメールが入った。私は十冊ぐらい紹介したのだが、絞り込んでくれと言うので、『名人に香車を引いた男』と、漫画の『リアル』を紹介した。その友人は、「生まれて初めて『漫画喫茶』に行ったよ」と言っていたが、「あれ、深い漫画だっただろ?」と聞くと、素直に頷いていた。もう一冊の、升田幸三の自伝については、ポイントがどこにあるかを探ってください」などとメールしたが、いろんな答えが返ってきた。私は、「どれもその通りだ」と言うに留まった。「面白かったか?」と聞くと、「面白かった」という返事が返ってきたので、とりあえずは成功である。その時は、そいつと語り合うために、席の真ん中にいた。その時はそれでよかったのだが、いろんな案件について話しているうちに、弁護士になって日が浅い友人に、「お前は馬鹿だ。だから司法試験なんか通るんだ」と優しく言ったので、すかさず私が、「馬鹿の仲でも大馬鹿ものや」とフォローを飛ばし、親父の言葉で、「馬鹿になりゃええんや。世の中、そうなろうとして失敗してきやつはたくさん知っているが、ほんまもんの馬鹿になりきった奴は、充分、世渡りできる」という言葉を吐いた。「だから、馬鹿になりきりゃいいんだ」とフォローにもなっていないフォローを飛ばした。「そんなものかな」という彼を尻目に、私は『破天荒な馬鹿』について話をしていた。するとみんなから、「それってお前のことじゃねえか」という返事が返ってきた。

・碁打ちの藤沢秀行のような生き方に、男なら誰だって憧れるというものだ。

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ヤクザの喧嘩を止めて・・・(新年会その4)

・店長が空手をやっていたことは知ってはいたが、高校時代、治安の悪い地域に住んでいて、相当、名前が売れていたことまでは知らなかった。何でも、乗っているバイクのミラーが片方壊れたりすると、何にも言っていないのに下の奴が、「ミラー持ってきました。これ使ってください」などということがあったり、暴走族が走っていて、後ろから追いつくと、族の連中が、店長のバイクの音だと気が付くと、モーゼのように、暴走族が割れて、道を譲ったそうだ。だから、「バイク置き場に鍵差したままバイクを置いていても、俺のバイクは盗まれたりしなかった」と笑って言っていた。大学時代も、普通なら、企業に就職するところを、佐川急便にぶっつけで行ってみたら、「初任給で、月60万出す」と言われたそうだが、料理人の道を選んだらしい。そして、お金を貯めて、最初は西川口に店を出していた。私もよく通っていたが、その頃でも、たくさんの常連さんがいた。そんなある時、店の外で怒鳴り声が聞こえたので、『何だ?』と行ってみると、ヤクザが今にも喧嘩しそうな状態で喚いていたらしい。店長は「おまえらやめろ!!営業妨害じゃあねえか!!」と言って、喧嘩を止めたらしい。するとそのヤクザの組長が感心して、兄貴分を店に送り、「こないだはありがとうございました」などとお礼を言われたらしい。それからまもなく、ヤクザが二人くらいでやってきて、店長に、「キャバクラ行きましょう」と誘われたのでお金を用意して行ったら、会計の際、「お金は組長から頂いているのでいいですと言われた」などと笑って話していた。新年会のみんなは、「なんなんだよそれ」とか、「舎弟にバイクの部品窃盗させるな」などと、爆笑していた。もちろん今は、真っ当な職人をしており、後ろめたいことなどないのだが(つづく)。

・西川口の店の頃が懐かしい。もう、数十年前になるなあ・・・

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なんでこの会が始まったんだっけ?(新年会その3)

・いろいろな話をするうちに、どんどん料理が運ばれてくる。そんな中で、「そもそも、この会ってどういう風に始まったんだっけ?」という話になった。私が、「始まりは学生時代。話せる友達に悩みの全てを聞いてもらったところから始まった」と言い、「そして、友人が一人増え、二人増え、鍋を囲んだりしている間にこうなった。俺も友達の幅が広かったけれど、十五年経っても変わらない友達というのは、結局、何でも話し合える友達だけが残った」というような話をした。「その後、友達の友達は皆友達だ、みたいな感じで、どんどん輪が広がっていったんだよ。来るもの拒まず、去る者追わず、って感じで」と話をしていたら、新しい友人も含めて、一人のキーパーソンが浮かんできた。その会のメンツのうちの半分は、そのキーパーソンを通じて知り合いになったのだ。新しく参加してきた彼も、例外ではない。というより、彼は、同じ中学・高校を出た仲なのだ。私は、そのキーパーソンの家にしょっちゅう泊まらせてもらったりしていたのだが、留守にするときも、泊めてくれ、「ここにエロ本があるからいくらでも観ていいぞ」などという、破天荒な奴だったな、などと言うと、彼が、「あいつの下宿先のシャワー・・・100円で三分しか使えなかったんだよな。冬はきつかった」と言い、笑いを誘うと、さらに、「あいつの下宿で一夜漬けしようということになったら、あいつ、勝手にAV流し始めたんだよ。俺は真面目に勉強したけれど、次の日、あいつが俺の後ろに座って、いざ、試験終了ということであいつの答案観てみると白紙なんだよな」ということで、また爆笑が起きた。そいつの尻ぬぐいは全て私がやったのだが、黙っておいた。彼が会に打ち解けることの方が重要だと思ったからである。

・100円で三分しか使えねえシャワーなんて、いらねえし、ボッたくりに近いぞ。

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嘔吐のキス(新年会その2)

・「大学通って、得た、唯一の財産が、今もこうやって集まれる友達だよな」などと語っているうちに、全員が集まり、乾杯した。しばらくは料理に舌鼓を打っていたのだが、昨年、私が世話になった友人も参加してくれたので、彼を引き立てようと思い、トイレに行った帰りに、彼の席が、ど真ん中になるように、私が席替えした。彼が新婚さんであることを告げると、『Katsu』の店長が一番驚いていた。そして、「同じサークルでつきあっていたやつと一緒になったのか?」と聞くと、その友人は、「いや違う。山口に出張で行っていた時に出会った。2~3年くらい前かなあ」という話をした。私が、「知らなかったとはいえ、披露宴の翌日に電話掛けちまったんだよ・・・ごめんな」などと言っていたら、彼は、「全然問題ないよ」と言ってくれたが、なんだかんだで、話は、彼のサークル時代の彼女との話になった。『Katsu』の店長が、「確か、サークルの合宿で、おまえが潰れて、ゲロを吐いていた時に、介抱してくれた女がいて、ゲロ吐いた唇でキスしたところから、つきあいが始まったんだよな」と言うと、みんな大爆笑していたが、続けて、「普通、ゲロ吐いた後にキスするか?」などと話したので、私が、「いい女じゃねえか」とフォローを入れた。結局、その娘とは7~8年つきあっていたが、彼がいろいろとフォローしながら別れたという話になった。そうして今度は、新婦さんの歳は?という話題になり、十二歳離れていることが判明し、みんな驚きの声を挙げた。すると今度は、店長が黙りだしたので、よくよく聞いてみると、つきあっている彼女が十二歳差とのこと。話の締めくくりは、店長がいつ結婚するのか、ということになったが、「来年か再来年」ということになった(つづく)。

・嘔吐の後のキス。母性本能をくすぐったのだろうが、多分、衝動的なものだろうなあ。

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『2012』(新年会その1)

・昨日の新年会は、P.M.5:00スタートの予定だったのだが、私は幹事としてP.M.4:30には、『Katsu』に到着していた。『ハイパーウコン』を飲み、万全の体制で臨んだ。やがて集合時間が近づくと、友人である店長がやってきて、別途、頼んでおいた、『グリーンカレー』の料金を前払いしようとしたが、6個で千円しか受け取ってもらえなかったのは、残念であると同時に感謝したい。やがて一人来て三人で話し出したのだが、店の経営状況や、某大学の食堂での販売状況などが好調ではあるが、味を伝承するのは難しいとの話を聞いた。そして、友人である店長が、定刻通りに来てくれた友人に、「今回はフレンチで、斗瓶作りの日本酒もある。この会のために、一本しか手に入らないものを、特別に取っておいたぞ」と話していた・・・みんな遅いな、という中で、携帯が鳴りまくり、みんな遅れるということなので、三人で飲み物だけ飲み出した。私が、「今日に合わせて夜型にしようと思ったのに、朝、地震があったろ」と言うと、太陽の黒点運動が盛んだ、という話になり、磁気嵐が激しくなっているとの話になった。磁気嵐がひどいと、飛行機も飛べなくなるらしい。他にも、惑星直列が起きるなどで、今月の25日に地震が起きるという噂があったけれども、起きなかった、でも、今朝起きた。などという話をしていた。私がマヤ歴に基づいて、一昨年、観た映画の、『2012』のストーリーを話したら、友人が、「例えば、大潮の日に人が亡くなる事が多いし、女性の生理の時期なども、根拠はないけれど、月と深く関係ある」と言うので、不思議だな、という話になった所で次の友人が現れた(つづく)。

・『2012』について、早稲田の大槻教授の話が聞いてみたい。

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新年会だ!!

・日本は、北へ行けば行くほど、人の温もりが感じられる。それは、人々がやさしく、いい意味で、スレていないということだ。私は何度も北の方を旅したが、3.11の後、ボランティアに参加したくても参加できない要因があった。津波の情報を見ると、お世話になった方達の顔が浮かんだ。お金を寄付する事だけで、世話になったあらゆる人々への恩返しになるとは、毛頭考えてはいないが、『せめて』の気持ちで、できる範囲で寄付させていただいた。今後、機会があれば行きたいと思うし、ちょっとした寄付なんかより、現場で汗を流す事の方が大切な事は、福井の洪水の時のボランティアに参加して、痛いほど解っている・・・3.11は、あらゆる面で、何もかにもを潰してしまった。もう一度会いたい、平泉のくそったれ坊主や三陸の宮古で髪を切っていただいたおばさん、秋田の観光案内所のおばちゃん、八甲田の『エンヤ』好きのY.H.のおっちゃん・・・数え上げればきりがないのだが、全て、私にとって愛おしい方々である。『みんな無事だろうか?』という気持ちにならざるを得ない。辛い現実を受け止めるのにも、時間が掛かるし、覚悟もいる・・・3.11は、いろんな意味で、私から、そして多くの方々から、大切なものを奪い去った。

・「年に最低二回は、このメンツで集まろうよ」と提案した友人は、五年前の公約が守れて、双子を授かろうとしている。だから、今日の新年会には参加しない。3.11の影響で、夏に集まるのは控えた。およそ一年振りの、大学時代の友人達との新年会が、今日の夕方から開かれる。楽しみでならない。今年は『Katsu』で何を食べるのかは知っているのだが、内緒とのこと。

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『うすうす事変』

・高校の時、体育の時間には貴重品を預ける事になっていた。男子校なので、皆、教室で着替えていた・・・その時、事件は起こった。クラスでも元気のいい奴が、貴重品を預けようとして、定期入れを落っことした。拾った奴が、誰のだろうかと調べる為に中を見た所、『うすうす』と書かれた、正方形の物体を発見した。それが体育の時間に話題になり、「お前、『うすうす』って何だよ」などと、みんなにツッ込まれていたが、そいつは、「チャンスがいつ訪れるか解らないのに、男としてのエチケットとして当然だろう」と言い返していた。クラスでも一目置かれていた奴なので、皆、それ以上は、あまりツッコミを入れなかったが、「それにしても『うすうす』って何だよ」とみんな笑っていた・・・それからというもの、クラス中の男子が、定期入れの裏に密かに忍ばせる様になった。私も例外ではない。それを皆が、『うすうす事変』と名付けた。また、彼が色盲のせいで、某大学の推薦を逃した時、彼はクラスで大恥をかいた。私は帰宅してから、彼に電話を入れた。何も言う事はなかったのだが、私が、「俺も浪人一年覚悟している。お互いに頑張ろうな」と話をしたら、彼は、「今、兄ちゃんとファミスタやっているんだけど」と照れ隠しをしていた。その一言で電話は終わったのだが、彼は高校最後の最後の試験の時に、普段の遊び友達にではなく、私に引用された問題の解答を渡してくれた。

・人生に安牌(アンパイ)などない。

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